ホーム
研究内容
発表文献
メンバー
学生の
みなさんへ
アクセス


Japanese
English
研究内容


  はじめに

空気やアルゴンなどの気体に高電圧を印加すると、電界で加速された電子が原子・分子との衝突電離を繰り返しプラズマ(= 電離気体)が生成されます。また、電子衝突による原子・分子の励起や解離により、励起種や反応性の高いラジカル(OHやOなど)が生成されます。 これら活性種を含むプラズマの反応性を利用した、様々な応用技術が研究・実用化されています。




我々の研究室では、大気圧プラズマの基礎と応用研究に取り組んでいます。 これまでに本研究室で取り組んできた研究テーマ、現在取り組んでいる研究テーマ、およびこれから取り組む予定の研究テーマを上図に赤字で示します。



  1. プラズマ計測とシミュレーション

プラズマ技術の開発には、プラズマ反応を調べる基礎研究が重要です。 我々はプラズマ技術の中核となる様々な活性種をレーザー計測し、 プラズマ反応を解明する研究を行っています。 これまでに計測した活性種の一覧を下表に示します。 活性種は反応が速いため寿命が1us〜1msと極めて短く、高度なレーザー計測が必要です。 この他に、プラズマのシミュレーション開発にも取り組み、 計測結果を再現できるシミュレーションの開発を目指しています。 これら活性種計測とシミュレーションの詳細については、 レビュー論文 を参照してください。


1.1 ストリーマ放電

代表的な大気圧プラズマであるストリーマ放電は、 環境汚染ガス処理、水処理、プラズマ医療、プラズマ支援着火・燃焼、材料表面処理など様々な応用に利用されています。 我々はストリーマ放電の様々な活性種のレーザー計測およびシミュレーションの開発 を行い、プラズマ反応を解明する基礎研究を行っています。 また、ストリーマ放電の電子密度、電子の運動エネルギー分布、電界強度をレーザー計測する共同研究も行い、シミュレーションとの比較検証も行うことで、ストリーマ放電の包括的な理解を目指しています。

       

(左) レーザー計測設備。(中央) レーザー計測の測定原理。
(右) ストリーマ放電後のOHラジカル密度分布時間変化のレーザー計測結果。


       

ストリーマ放電のシミュレーション。 (左) 電界強度と電子密度。
(中央) ストリーク写真。 (右) 放電後の活性種密度時間変化。



1.2 大気圧ヘリウムプラズマジェット

大気圧ヘリウムプラズマジェットは、材料の表面処理、材料合成、およびプラズマ医療等で用いられ、基礎研究も盛んに行われています。 我々は、このプラズマジェットの活性種密度をレーザー計測する基礎研究に取り組んでいます。 活性種反応シミュレーションの開発も行い、測定結果を再現できる反応モデルを構築しています。

       

ヘリウムプラズマジェットをガラス板に照射したときのOHとO密度および、空気/ヘリウム混合比のレーザー計測。



  2. プラズマ医療

プラズマには、がんや創傷を治療する効果があります。 プラズマの活性種が細胞を刺激し治療効果が得られていると考えられていますが、 その治療原理はまだよく分かっていません。 我々は プラズマを用いたがん治療の研究に取り組んでいます。


2.1 がん治療

マウスを使った我々の研究で、プラズマをがんの免疫治療に使える可能性を示しました。 下左図のようにプラズマを2つの腫瘍の片方に照射すると、もう片方の腫瘍にも抗腫瘍効果が現れます。 さらにこのとき、マウスのがんに対する免疫が向上している可能性も示しました。 放射線治療などではすでに知られた現象ですが、 プラズマでも同じようなことが起きている可能性があります。 我々は、このがんの免疫治療の研究に取り組んでいます。

このプラズマ誘起した抗腫瘍免疫で、 腫瘍の手術切除後の局所再発抑制にも効果がある可能性 を示しています。 がんの免疫療法に使われる免疫チェックポイント阻害剤との併用実験 も行っており、相乗効果を得るべく研究を進めています。 腫瘍ではない正常組織にプラズマを照射しても、照射部から離れた腫瘍に抗腫瘍効果が現れる現象も観察しています。 原理解明に向けて、プラズマの活性種計測や、腫瘍内の免疫細胞の分析等も行っています。

       

(左)プラズマによる癌の免疫効果、(中央) 細胞実験、
(右)プラズマ照射した細胞の染色実験。


  3. プラズマ表面処理

プラズマは、活性種の働きを利用した材料、液体、生体組織(= プラズマ医療)などの表面処理に広く利用されています。 活性種の表面反応により、表面の化学組成を改質したり、生体組織に刺激を与えたりします。 我々は、この表面処理の研究に取り組んでいます。


3.1 選択的活性種供給法の開発

プラズマ表面処理では、OHやOなど、それぞれの活性種がどの程度表面処理に寄与するかを示す定量的な計測が必要です。 しかしプラズマ中には数10〜100種類もの活性種が存在するため、各活性種の処理効果を個別に測定するのは困難です。 そこで、我々はプラズマ表面処理の原理解明を目指して、 特定の活性種だけを生成して表面に照射する手法を開発しました。 真空紫外光とよばれる波長の短い光を照射して特定の気体分子の結合を切断し、所望の活性種を生成して照射します。 本手法で生成された活性種の密度を計測し、その計測結果を再現できるような反応シミュレーションモデルも開発しています。


3.2 各種ラジカルによる表面処理効果の定量計測と表面反応モデリング

表面処理で重要と考えられるOHやOなどのラジカルについて、 これらの表面処理効果を定量的に調べた研究はありませんでした。 我々は真空紫外法で OHやOなどのラジカルを選択的に生成し、材料や細胞などの表面に照射して、 表面処理効果の定量的な計測を行っています。 これら測定結果をATR FTIR、XPSなどの表面分析や、 量子化学計算、分子動力学シミュレーションなどと組み合わせ、 表面反応モデルの構築も行っています。


  4. プラズマ航空宇宙工学応用

プラズマ航空宇宙工学応用は、2023年度まで本研究室の助教であった小室淳史氏(2024年度より産業技術総合研究所)の研究です。2024年度は共同研究を継続しています。

プラズマは、電離や解離といった反応に伴い、様々な気体力学現象を生じさせます。 プラズマを用いた流体制御技術は電気制御であるため制御性が良く、装置が簡便で重量が少なくて済むといった特徴があります。 我々は、プラズマで生じる気体力学現象を用い、航空宇宙工学技術への応用を目指しています。


4.1 プラズマを用いた流体制御

航空機や自動車といった流体機器の制御性を左右する要因の一つに流れの"剥離"という現象があります。 剥離が発生すると揚力の減少や抗力の増大を引き起こし、性能の劣化や事故の要因となり得ます。 この剥離を抑制するための気流制御装置が飛行機の翼には取り付けられていますが、現状では 機械駆動で重く、時間応答性が高くないことが問題となっています。このような既存の気流制御装置に対して、 我々はプラズマで生じる様々な気体力学現象を用い、剥離現象を制御することを目指しています。 この技術は小型飛行機やマルチコプターといったドローンにも適応可能であり、機器の制御性を大幅に向上させられる可能性があります。 特にナノ秒パルス放電では空間中に瞬時に高圧・高温の場を生成させることが出来るため、従来では不可能であった高速気流を制御できる可能性があります。 我々はプラズマの原子・分子過程からナノ秒パルス放電の特性を研究し、風洞実験を行うことで気流制御装置への最適化を行っています。


4.2 低圧環境下(高高度飛行・火星大気環境など)における流体制御

航空機は飛行高度に応じて様々な密度、圧力、温度条件下で飛行することになります。 一方でプラズマも、密度、圧力、温度の影響を多分に受けることが知られています。 そのため、プラズマによる気流制御技術の実用化を考えた場合には、実際の航行環境における 大気物性を考慮した上で実験を行う必要があります。 我々は 巡航中の旅客機(高度およそ10 km)や、 火星大気環境で飛行する航空機(April 22, 2021, NASA news)へのプラズマ気流制御技術の応用を見据え、 様々な大気物性環境下におけるプラズマと気流との関係性を調べています。


4.3 プラズマの発生による密度変化の可視化計測

プラズマを発生させると流れが発生するのと同時に、空気が急激に温められて密度が減少します。 この温度上昇と密度現象は流体的な特性に影響を及ぼすだけでなく、大気圧プラズマの 化学反応応用技術にとっては反応速度の変化として影響を及ぼすため、重要な現象です。 我々はシュリーレン法はマッハツェンダー法といった 流れの可視化技術を用いて プラズマで発生する加熱現象を計測し、物理化学モデルの構築を行っています。

(図左)シュリーレン法による放電衝撃波の可視化
(図右)マッハツェンダー法によるスパーク放電で生じた密度変化の可視化


4.4 火星環境下におけるCO2の分解と炭化水素燃料化

将来の火星探査を見据えた 火星大気環境下での酸素生成と炭化水素燃料生成に関する研究を行っています。 火星環境で生じる特異なCO2分解メカニズムと放電プラズマを用い、効率よくCO2を分解する手法を開発しています。 現在NASAでは固体酸化物形電界セル(SOEC: Solid Oxide Electrolysis Cell)を用いた酸素生成器の開発が進められていますが、 プラズマを用いることでより効率的に酸素生成を行える可能性があります(April 21, 2021, NASA news)。 本研究室では長年、プラズマを用いたガス分解技術の開発を行ってきた経緯があり、それらの蓄積された技術を火星環境に適用させようと進めています。

(図)火星環境でのCO2分解メカニズム


  5. 過去に行った研究

研究室で過去に行った研究を一部紹介します。 ここで紹介する研究は、現在も世界では広く行われています。 我々が行っているプラズマの基礎研究は、これら応用技術とも深く関連しています。


5.1 水処理

水中あるいは水面でプラズマを発生すると、水分子(H2O)が分解してOHラジカルが生成されます。 本研究室では、このOHラジカルの極めて強力な殺菌・化学物質破壊効果を利用して汚染水を浄化する、 プラズマ水処理の研究を行いました。 水処理の研究は現在休止中ですが、 水処理と関連した共同研究は現在も行っています


色素で汚染された水のプラズマによる浄化。


5.2 環境汚染ガス処理

本研究室では、燃焼排ガスや化学物質などの環境汚染ガスを、 プラズマの活性種を利用して簡単・安価に分解除去する研究を行いました。 我々の活性種計測やシミュレーションは、この環境汚染ガス処理技術の開発に大いに貢献しており、 環境技術との関連を意識しながら研究を進めています


バリア放電による環境汚染ガス処理リアクタ。



5.3 プラズマ支援着火・燃焼

プラズマの活性種を用いて燃焼の効率や安定性を向上させたり、排ガス中の環境汚染物質を低減する技術が研究されています。 我々は、プラズマを用いて環境汚染物質を低減する燃焼法の開発に取り組みました。 具体的には、希薄燃焼と呼ばれる燃焼をプラズマで安定化させる手法です。 またプラズマには、自動車エンジンのスパーク着火のように燃料を着火する働きもあります。 我々は、 プラズマによる水素着火の研究も行いました。 この研究は、例えば将来の水素エネルギー社会において、 水素燃料の静電気放電着火事故を防ぐエネルギー安全利用にも関係しています。

     


(上左) プラズマ支援燃焼。 (上右) 水素のスパーク放電着火実験。
(下) 水素のスパーク放電着火過程におけるOHラジカルのレーザー計測。


5.4 色素増感太陽電池の活性種処理

色素増感太陽電池は、酸化チタン(TiO2)の光電極を色素で色付けして発電する太陽電池で、安価に製造できる特徴があります。 このTiO2光電極をプラズマやUV光で処理すると、 活性種の反応で太陽電池の性能が向上するとともに、 光電極の作製に必要な450度の焼成温度を100度程度まで下げることができます。 焼成温度の低減は、高価な耐熱ガラス基板から安価・軽量なプラスチック基板の利用へ道を拓きます。 我々は、この活性種を利用した色素増感太陽電池のTiO2光電極処理に取り組みました。

           

(左, 中央) 色素増感太陽電池。(右) プラズマ処理。


5.5 殺菌

プラズマによる創傷治療では、 (i) けがで損傷を負った細胞をプラズマで活性化する作用と、 (ii) プラズマによる患部の殺菌の2つが重要です。 我々は殺菌に注目し、プラズマによる殺菌効果を調べるとともに、 各活性種の殺菌効果を計測しました。


5.6 アッシング用マイクロ波水蒸気プラズマの活性種計測

半導体プラズマプロセスでは、プラズマで半導体基板上のフォトレジストを除去するアッシングとよばれるプロセスがあります。 このアッシング用に、低圧力マイクロ波水蒸気プラズマを使う手法が検討されています。 我々は、このマイクロ波水蒸気プラズマで最も重要と考えられている、OHラジカル密度をレーザー計測しました。 また、計測したOHの挙動を再現できる反応シミュレーションの構築にも取り組みました。



  今後の展望

活性種による多様な反応を生じるプラズマは、まだ分からないことがたくさんあります。 現在知られていない、様々な応用が考えられます。 例えばプラズマ医療は、2000年代に入るまでは考えもされなかった技術です。 プラズマは大きな可能性を秘めており、これからも様々な応用技術を開発していくとともに、 基礎研究にも重点的に取り組んでいきます。



最終更新日: 2024/04/01